一面遠く雲で陰り覆われている空の色は、月の白い光彩を上から浴びて深い夜だと言うのに随分と明るいものだ。美しく、大きく、その姿を近づかせる年に一度の日に見ることはかなわなかったが、東の国の方ではその優しい光を急ぎ夜道を歩く人がふと見やるように、眠りにつく人々の家屋を照らすように今日ばかりは悠然としている事だろう。
雲の中を駆けている稲光のおかげで大地は更に明るく見える。
ピカリと水蒸気の中を鈍く広がる鋭さにかける光が走るたびに、全体的にも白く薄暗い庭にあるモノたちや今自分がいる長屋、この夜の中に佇むものたちの影をそっと主張するように落とさせた。
こんな日は却って深い暗闇の中に潜むものにとっては動きづらいとでも言うのだろうか。恥ずかしがっているなんてこともあるまいに秋の夜長の中に涼やかな虫の音達ですらも無く、薄い夜に億しているのか、せっかくそこにはいるのに息を潜めさせている。
例えこの雲が晴れていたとしてもこの日はさんさんと明るく存在する光で明るく照らされていただろうに。
級友が戻り居るだろう部屋に帰るためにも点検と戸じまりをしなくては。手に持っていた明かり達を起き踵を返し長屋の中に入り机の上の、自分の字で埋め尽くされ、記帳された上に穴を開け紐を通しまとめた帳面を見る。級友に小さいくせに太く筆で書く癖のおかげでビッシリに詰められると更に窮屈だと言われた文字。
今後冬に備えて寝相の悪い下級生の子達が腹を冷やした時のためのものや、冬には冬眠についてしまう生物たちの為の、腹が寝崩れしてしまった時の薬のものなどに、1年のあの子たちの小さな可愛らしい手が赤ぎれやササクレだらけにになってしまった時に効くだろう必要なものの名前たちが書かれている。
秋にしか取れない薬草となる葉や草木も枯れてしまう前に摘みに行かなくてはいけないだろう。予算だって限られているし足りないのだ。
菊に竜胆に牡丹に蓮、秋の季節を飾る花々もこれからが美しく何よりもありがたい薬剤になる。まだ咲くには遠いが菊は去年、二つ境の通りを間違えて獣道に入り込んでしまったあそこ。迷いついた山の開かれた大地で、息咲く黄色い群れを見た。
少し山を越えて苦労はするが熱を出した四年のあの子の解熱にも使えたし何よりも赤く色づいた山々の中で緑の茎の上にしっかりと黄色く輝く綺麗な景色を後輩の子たちにも教えてあげたい。
きっと私が卒業しても彼らはその次の子たちを連れて行ってくれたらいい。確か春菊などもあった、それらはおばちゃんに御浸しにでもしてもらおうか。
あらかた片づけ終わり膝を立ち外に出る。置いておいた明かりの傍に赤い彼岸花が置かれていた。今一番に見ることができる、悲しげな異名を当たられもする花だがやはり赤く豪奢でそれ故にかうとまれもするかな。それでも細い花弁一つ一つの赤さは目に鮮やかだ。
毒にもなるが置いて行ったあの人が次にくる頃にはどうせ、火傷に傷口腫らせてくるのだからしばし飾った後に使えるかもしれない。
廊下の屋根の上に広がる雲の中をまた、稲光が走った。音も大きい。随分近かったのだろう、先刻よりも空が一面白く見えた。しかしはっきりと建物の影を落とさせた光が、一旦戻る前に屋根の上に見せた人の影はもう写さなかった。