じゃあこっちに来るなぐらい言え!!!

君って奴は言っても聞いちゃいないような奴なんだろ!!!

文次郎は今の今まで隣で膝を抱えてちょこんと体育座りをしている奴と口すら聞いていなかった。ちょっと、だんまりが気まずくてあんな古井戸の上にいてお前ばかなんじゃないかとか、選ぶ言葉が拙かった。続けた言葉も説教じみてたようになってたのかもしれない。癇に障ったのか、別に手伝ってくれなんて言ってないしここに落ちたのだって君のせいだ、余計な御世話だったのにと返された。
相手と初めて学園に来てから初めて交わした言葉になった一声はお互い棘だらけだった。

文句があんなら最初から言やぁいいじゃねぇか、八つ当りすんじゃねぇやぃ

かけられた言葉を腹の中で繰り返すと余計にむかついてきた。知りもしない癖に。じゃあお前だって最初に言うだけ言ってから言え!と怒鳴りつけた声があたりにくわんくわんと響く。腹も減ってきたし腹の中でも反響しているようなそんな錯覚に陥ってしまう。

静かにしゃべっておくれよ十分聞こえるんだから

抱えた膝を更に体を縮めこませて顎をうずめながらボソボソ言い返してくる。文次郎は元からコイツが気に入らなかった。
は組の糞生意気な、あの食満留三郎と同じクラスでいつも二人でつるんでいるのを見かけた。飯を食う時も一緒、教室を移動する時も一緒。なかよしこよし。
外の実技の授業中だって仲良く腕を組んで背中合わせにストレッチ。縄標投げを失敗してぐるぐるになっても笑ってへらへらしていたのを見たことだってあるのだ。大間抜けの大バカ。

女々しい野郎のくせに

ボソッと呟いたのが耳に届いたのかキッと睨み付けられる。ぐぐーっと怒って頬の中に綿でもつめこんでるんじゃないか、そうでなければおたふくだってくらい頬を膨らませている。つつけば割れそうだなあなんて。
それ以上、名前も知らない、入園した日に今足をかけただろいやお前が勝手に走ってきて引っかかったのだと喧嘩をした奴のツレは口を噤んだ。コイツあの時も食満の隣にいたなんてどうでもいい事を思い出してた。

古井戸に落ちてから数時間はたっていた。元はと言えば学園にきて既に早一年がたち二年生になる手前のこの日。使われていない蓋を重石で閉めてある古井戸の中に落ちてしまった。
ほれ日頃お前の目標の。忍者たるものとやら物探しにも長けていなくてはいけないのではないかとかよくわからない理屈をこじつけ仙蔵が机に開いていた文次郎の忍たまの友を隠した。
文次郎が復習をし小腹がすいたので食堂のおばちゃんに何かつまめるものはありませんかと自分と少しだけだが仙蔵の分だって金平糖をコッソリ貰った間に。
先に終わらせていた仙蔵はよっぽど暇だったのだろう。小兵太に誘われたバレーに付き合ってからだと教えてくれず、金平糖を顔に投げつけたら怒って出て行ってしまいやっと探しあてたらこのざまだ。
どうやらココに投げ込んであったようだ。一緒に今落ちているから。
かと云うのも古井戸の上で隣にいるコイツが重石を持ってフラフラしていて危ない!!と支えようとしたら小柄な子供一人入る隙間から落下した。乾ききり枯れた雑草が生えているけれど深いか水が溜まっていたら二人は溺死していたかもしれない。そう、重い石を持って・・・何でコイツそんなもんを持っていたんだか。


「つーかよ、だからお前何でこんな井戸の上であんな重石持ってたんだよ」

そっぽを向いていたが第一声では、たしかに言い方が不味かったとこちらが折れたのが伝わったのかポソりと話し出す。重石の下に誰かの忍たまの友があり、届けてあげなくてはいけないと、どかそうとしたが文次郎が急に飛びかかってきた。だから落ちた。仙蔵が隠したのは井戸の中ではなく重石の下だったのか。

「それ俺の教科書」
「なくなった教科書がどうして重石の下にあったの」
「同じい組の仙蔵って奴が隠しやがったんだ、ココ出れたらぶん殴ってやる」
「けっこう、仙蔵もお茶目なんだなあ」

へえ、仙蔵のこと知ってるんだ。目をパチクリとさせた。文次郎が交流がなかっただけで社交的なやつらしい。

「潮江文次郎、君のことも知ってる」

一つ大きく心臓が鳴った。

「留と喧嘩ばかりしてるしだろ、話も聞かずに突っ走ってる奴だって聞いてた」

食満の奴、きっとコイツに他にもそんな事ばかり吹き込んでるんだろう。先の会話で棘が無意識に感じられたのはあいつがそう植え付けやがった野郎のせいなんじゃないか。

「私は善法寺伊作、話したら普通だね文次郎」

善法寺伊作。普段の食満との会話で文次郎がどんな風潮されていたのかは伊作と食満にしかわからない。現にアイツどんなふうに俺のこと言ってやがったのかと問いただそうとすると、口をすべらせちゃった、と教えてはくれなかった。
ロクな言われようではないんだろうとやきもきする。ここから出れたら、食満にも一発ぶん殴ってやると心に決めた。
出れたらだけど。

井戸に開いた穴から見えていた空の色は、オレンジ色から徐々に薄暗い群青をまとい寒さも増してきた。まだ春先には遠く風は入り込まないもの空気は底冷えする。暖を取ろうと二人で寄り添った。



出ることが出来たのは月と星がくっきりと見える時間になってから。夕飯過ぎになっても同じ学年の下級生が何人か来ず、食堂のおばちゃんが潮江君はお勉強を頑張っててお菓子をあげてしまったからかしら。その一人言が、学食で食事をしていた大木先生の耳に届きバレてしまったのが幸いした。

「でもねぇ潮江君も立花君も一日三食はきっちり食べる子なのよ」
「いやあおばちゃん、でも子供の胃袋ですから甘やかしちゃいけませんよ」

なんておばちゃんと先生が文次郎と仙蔵の長屋に行くと、挙動不審な立花仙蔵しかいなかったのだ。他の来てなかった生徒はとは組を訪ねると、食満留三郎が伊作の姿が見えないんですと忙しくしている。仙蔵が口ごもりながら、そこでやっと古井戸にいるかもしれないと白状し今にいたる。

大木先生が重石を軽々とどかせ体を乗り出し覗きこむと、肩を寄せてうつらとしていた文次郎と伊作がとび跳ね、必死に大きく手を振った。
ここかもしれないと教えてくれたんだと話す大野先生の後ろにいる仙蔵のが目が赤くなっていたので文次郎は怒る気が失せてしまった。その変わりに仙蔵たちと現れた、文次郎のことをまったく無視して善法寺伊作だけ話しかける食満の頭をゲンコツでこづく。
いい音がした。

「いってーな何ぃしやがるんだ!!」
「俺のこと何をいふらしてやがった!!」



食堂のおばちゃんと先生に首根っこ掴まれのなだめられながら、慌ただしく遅い夕餉を取る。四人でがっつくように白飯を口にした。熱い赤味噌がお腹に優しく染みる。
隣に座っていた仙蔵がししゃもの卵たっぷりのほうを皿に乗せてくれたが、文次郎はししゃもはオスの方が好きだったけどありがたく貰うことした。仙蔵なりにお詫びなのだろう。あとから乗せられたナスの漬物は嫌いだからかもしれない。

「おいっ伊作」

鷹の爪とクルミとゴボウを甘辛く似た佃煮を食べていた伊作の箸が止まる。つついてる途中の皿は鷹の爪だけ横に分けられていた。

「悪かったな」

ずっと怒鳴ったりばかにしたりして。

「ううん、僕こそゴメン」

仙蔵と食満が何がと聞いてきたが別に!!と言ってまた照れくささを白飯とかきこんだ。
今度は最初から普通の友達として話そう。

自分のことをもっと知ってもらえるようにたくさん話そう。