今年の春より進学した電車で一時間半とちょっとの公立の高校では文化祭と体育祭が交互に行われている。今年は体育祭なわけだけど、大学受験の3年の年にぶち当たると浪人生が多いと、万年ジャージで一見体育教師のような社会科の大木先生がボヤいていた。社会科の準備室は彼の城になっていて勝手にベランダにプランターを置いてラッキョの栽培をしているものだから、風紀取り締まりの数学教師、野村先生とは犬猿の中だ。
来年は文化祭、その次はまた体育祭…やはり僕はちょっとついていないかもしれない。大体にしたって去年の11月に受験する高校を決めてから父親の昇格による転勤とマイホーム(車があればいいけれど僕みたいな学生には不便で海と山沿いだから安かったんだ)の為と春先に隣の県への突然の引っ越しだ。通えないことはないと丸め込まれ編入もせずに通い続け秋となった。一人暮らしなんてまだ早いと新しい新築の家で今の家計がすっからかんなのだから我慢なさいと丸め込まれこのクソ長い通学時間を我慢している。
中学の頃からの腐れ縁の留三郎も同じ学校で、まあた、何の縁か引き合いか。同じクラスのうえに選択教科も理数系とこのまま卒業まで付き合うことになるかもしれないがそれは悪くはない。
もうすぐ当日だと言うのに隣のクラスの七松小平太が応援席の後ろに飾る大きく描かれた、鷲の絵を破った。彼が破ったわけではないけど原因は彼だ、僕のせいじゃない。一か月以上も前から絵柄に揉め、竜がいいだの虎がいいだの揉めたあげくもう他の色わけの組が使っているからと渋々と決めた、羽根が予想以上に手間がかかり自分たちは手伝いもしないくせに注文だけは垂れる上の人たちに言われながら苦労してあと一歩というところの絵を台無しにしてくれた。
七松があまりに大雑把に描くものだから、仕上げはやらなくてもいいと追い出され暇を持て余し、七松が中在家長次を誘ってバレーボールを始めたのが悪かった。誰も止めずにその方が助かるなんてほうっておいたからだ。
絵のど真ん中直球ストレートにアタックを打ち、それを見ていたそのまた隣のクラスの潮江文次郎が慌ててペンキ塗りたての絵を避けようと足で絵を咄嗟に蹴って避けようとしたら、丁度後ろにいた留三郎が乾いてない絵に触るなと怒鳴りつけ潮江を殴った。潮江にしたらそれはもちろん頭にくることで咄嗟に殴り返したんだろうけど、更にその後ろで何とか七松のアタックしたボールを絵にぶち当たる前に返さなくてはと走り出そうとしていた僕の背中。
そこに留三郎が飛ばされて絵の上に二人でぐしゃりと倒れ込んだ。
細かい作業でいらついていたのだ、落ちつこうと潮江と同じクラスの立花仙蔵が売店でコーラを五本、僕の分だけ売り切れていたので苦い苦いブラックコーヒー無糖の、しかもホットで舌を火傷し喉を通らせながらどうやって誤魔化すかと会議をしてこの通り終電で帰宅している。
泊まっていけと留三郎が言ってくれたけど、こんな日に限って僕はケータイ電話も自宅の部屋に置いてきた。母に何時も渡されたらすぐに仕舞いなさいと忠告されてる服の山から靴下を探すのに必死になってて充電器にさしたまま忘れてしまった。自宅にもかけても繋がらないしどうしようにもない。
パネルを描くのに遅くなっていたら終電で帰ってもまだ分かってもらえるかもしれないけどさすがに外泊は心配をかけてしまう。留三郎の部屋に泊まるのは中学3年の受験勉強と称して夜中まで人生ゲームをしていた以来だったから名残おしかった。

ここで乗り換えをして後は一本まっすぐだ。ここから先は主要路線を外れるので人のたくさん乗っていた電車内を降りてローカル線へ移り終着駅に向かう電車へと乗り移った。乗り換えをした車内の中は人は無人のものまであり広々としていた。こんなローカル線でも朝の時間帯は人も多いもので初めてなものだから、調子にのってイヤホンから音が溢れるくらいに音をあげてみた。ジャカジャカと迷惑行為をしてもどうせいいだろうと車両の変わる端の席に座り、ええと、この曲は今聞きたい気分ではないからどれにしようかと曲目のリストを流していたらドカッと隣に誰かが座ってきた。
これだけ広い車内で、これだけ余っている席があって、これだけ他の車両だってあるのに、何でわざわざ僕の隣に座るんだ。ペンキで汚れた体操着と芋色で白いラインの入っているジャージが丸められた鞄をギュッと抱いて、どっか他の車両にでもいってくれないだろうかと目を瞑って過ごそうと思ったらやたらこっちに詰めて座ってくる。
二席づつ向い合せになっている座席で、確実にこの人は2席の区切られている、僕のスペースといえる場所まで侵入してきている。キツイなあと窓際に隙間を空けようとグッと寄ったらその隙間もすぐに詰められた。
窓に頭を寄せて、うっすらと半目を開けて車窓から映る隣の人を見ようとすると自分の顔の後ろに帽子を被った人が見えた。背は高くて男のようにも見える。背は高いのかもしれない。音楽の音を更にフルマックスに上げれば退いてくれるだろうかと、自分の耳も痛いくらいに最大にしたけれどまったく動じてくれもしない。
肩にズシリと重さがかかった。端も端の方に追いやらている僕は肩に置かれてる人の頭をよけることも出来ないのでされるがままに枕になる。ああ、面倒臭いなあ、だけどこの人疲れてるのかもいしれないと思ったら腿がもぞもぞとした。鞄の中に入ってる空の弁当箱の角の感触を遮るように膝の下に、滑り込んでいるものがある。

…人の手だ。大きな、男の、骨ばった人の手だ。

さわさわと僕は女でもないのだから柔らかくもないし、五月くらいに受けた身体検査でも体脂肪率も低く触り心地だって良くはないはずだ。髪も癖っ毛で小学生低学年の頃までは銭湯に入る時までくらい。そう、お譲ちゃん、女湯はこっちよと間違えられたことはあるけれど、学生服から見ても男に見えるはずだ。だろうにこの男は、わざわざそんな男の膝を触ってきている。じっとりと、撫でまわすように、薄気味も悪いし気色も悪い。
どれくらいたったのか、寝た振りをしてから早く、自分の降りる終着駅まで着かないだろうかと祈るようにしていたら膝の上の男の手が動いた。骨ばった男の手が足の間の腿の内側、に入り込んできておいおいおいおい止めて下さいよもう、と全身にいやあな汗が出る。七松に、くまんばち!!と腕の内側の痛みに弱い部分を抓られて、泣くに泣けない気持ちになったことがあるけれどこれは、それ以上に泣きたい。内側の敏感な肌の部分を男の手の平で撫でられるたびにぞわりと背筋にも腕にも鳥肌がたち、からからになってきてた喉からも、あの苦いホットコーヒーだったものが出てきそうになった。
終着駅から二個手前の駅を告げるアナウンスが車両に響く、あともうちょっとだとギュッと目を閉じると肩にかかっていた重さが消えた。しつこく足の間で蠢いていた手が抜かれ隣に座っていた男が立ちあがった。ホッと一息つく。
肩をトントンと叩かれて反射的に、初めて男の顔を見て息をのんだ。片目が見えない位に包帯でぐるぐるに巻いてある。皺一つない上等そうなスーツの下に着込んでいる開かれたYシャツの間から見える胸元まで包帯で巻かれていた。かろうじて見える片目は鋭く、その目が半月みたいにニンマリと笑って僕に話しかけていた。動けないまま固まっている僕に何か話しかけている。さっきまでのショックとで目をまん丸にして何時までも男をぶしつけに見てる僕を見降ろして、更に目を細く、三日月みたいな目で笑った。
ガンガンに頭の中まで響いてたイヤホンを外されて、いかれぎみだった耳の三半規管へと続く穴の前で囁かれた。
「君ね、音量はもっと下げた方がいい難聴になってしまうでしょ」
気づいたら終着駅一個手前になっていて、包帯男はニコニコと僕の肩をそっと撫でて颯爽と降りて行った。

耳が難聴とかそういう時限の問題じゃないだろう?




 










そろそろ体育祭シーズンですねということと他に現パロ書く前に練習。

2008.10.9